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・「文学館ってそんなこともできるの」と刺激を与えたい。

 今回は、アーツ前橋との共催で「ヒツクリコ ガツクリコ ことばの生まれる場所」という企画展をいたしました。それは言葉を題材にした展示なんですが、アートの世界でも言葉をメインにすえたものはたくさんありますし、もちろん文学館は言葉だらけですから。そういう“共通言語”を見つけたんです。

 とにかく今まで文学館がやったことがないことをやりたくて、来年に『現代詩手帖』展、その次の年には月刊誌『新潮』展というのをやろうと企画しているんです。雑誌の出版社をテーマにした文学展というのがないんです。文学雑誌だって当然あるわけですから、十分ターゲットではあるんです。面白いかどうかはやってみなくてはわからないけれど、やりたいんです。「文学館ってそんなこともできるの」と刺激になるはずなんです。

 今後の課題としては、出張前橋文学館と銘打って、近くの学校に乗り込んでは1日前橋文学館を開きたいと思っています。

 また、展示施設では、タブレット端末でページを捲って見ることができたり、ケータイをかざして情報がでてくるようにする予定です。展示しているだけの空間はもう古くて、この後10年かけて見せ方を工夫していかなくてはいけないなと思っていますね。そういうふうにしないと人たちは来ないんですよ。

・お互いを刺激し合う仲間には、若い、今しか出会えないんです。

 人との出会いも大事です。それは若いうちにしか出会えないものでもあるんです。仕事をする前の友だちは、自分がなにものだかわからないときに出会うんですから、それは刺激になります。30歳、40歳と歳を重ねてしまうと仕事仲間になってしまいますから、やはり若いときとは違います。

 私は20代のころ役者をやる前はジャズ喫茶で働いていたんですが、そのときの先輩が北野武さんなんです。あの人はすごい勉強家ですよ。テレビではバカをやってるように見えますけど、それは演技です。本は読みますし、映画は観ますし。もちろん観てなかったら、監督なんてできるわけないんですけれど。

 ほかにも当時付き合っていた、中村誠一さんや、もう亡くなってしまいましたが山崎博さんとか。まったく学校にはいかない不良なのですが、一貫した志を持っていて「私はこれをやる」と10代のときから宣言してるんです。

 中村誠一さんから夜中、高校生にも関わらず「バンド見にいこう」と誘われて、私も連れられて「ジャズすげぇ」と感動したんです。ジャズマンになりたいとまで思い、ドラムを買ってもらったんですが、全然続かなかった。

 ですが中村誠一さんは立派にジャズマンになられましたし、山崎博さんもカメラマンになり美術館に作品が収納されている。本当にすごいと思いますよ。

 そういう刺激し合う友だちは本当に大事ですよね。刺激を受けない人とは関わる必要ないです。相手の家にいって、本棚に冠婚葬祭入門だとか、手紙の書き方入門だとかの本があったら、すぐ出てっていい。そんな人は結構ですから。やはり「そんなこと知らなかった」と思えるような出会いのほうが絶対にいいんです。

・役者を目指すんだったら泣いて笑いなさい。それだけで人生が全部描ける。

 尊敬している役者さんが何人かいまして、そのひとりが樹木希林さん。演技がすごいんです。現代詩の同人誌『歴程』のイベントで3分間スピーチという催しを毎年やるんですが、紀伊国屋でやったときのことです。

 そのときのゲストに樹木希林さんが来てこう言ったんです。「私は役者ですから、みなさんのように詩人じゃございませんので、泣いて笑います」と。それで泣き出すんです。

 それから笑い出して、人って悲しすぎると、もう笑うしかなくなるんですよ。それで今度は逆に人って笑いすぎると泣くしかなくなってしまうんです。それをやりきったんですよ、樹木希林さんは。泣いて笑う。それだけで人生を全部描いたんです。

 何万語の言葉を演技で表現したんです。私はもう鳥肌が立ってしまって、会場全体も「はぁー、すごい」という空気になって。あの演技をできるのはすごいなと思います。

 ですから学校で演劇の講師として教えるときに「あなたたちも今はできないかもしれないけど、役者を目指すんだったら泣いて笑いなさい。それだけで人生が全部描けるから。今日自分の家に帰ったら、鏡を前にして泣いて笑ってみてくれ。それができたら役者として一皮むけるから」と教えています。

・セリフはニュアンスで変わってくるもの。実際に言っていることには意味もない。

 もうひとりは故人日下武史さんです。ウィリアム・シェイクスピアの『ヴェニスの商人』の芝居で、日下武史さんがシャイロック役をやったんですよ。ある場面で上手から出てきながら「3,000ダカットかぁ」とセリフを言うのですが、お客様からしたら「3,000ダカットってなんですか」という感じなんです。シェイクスピアの時代でいくらぐらいなのか。おそらく億単位の値段ではあるんでしょうけれど。そこで日下武史さんはその3,000ダカットがいくらなのかをわからせるんだと、延々と「3,000ダカットかぁ」という一言を繰り返し、練習してるんです。はたから見たらあまり変わらないんじゃないか、と思えるんですが、ずっと集中してやっている。「役者ってやっぱり一言にかける集中力がすごいなぁ」と思いました。それで本番でその場面を観たのですが、結局、私には全然わからなかったんですよね。

 またジャン・ジロドゥの『オンディーヌ』で水界の王の役をやったときのことです。オンディーヌが人間に恋をして「自分たちの世界を捨ててもいいので、人間になさってください」という場面で、日下武史さんが「それはできぬ」というわけですよ。

 それを見た瞬間にわかったんです。日下武史さんは「それはできる」と言ってるんですよ。水界の王は万能だから、人間に戻すことは簡単にできるんです。でもできると言ってしまうとオンディーヌが不幸になってしまう。

 人間は心変わりする生き物だからいずれ不幸になる、というのをその一言でちゃんと表現したんですよ。それはもう観客も全員わかったはずです。セリフってニュアンスで全然変わってくるものなんですよ。実際に言っていることなんてなんの意味も持っていないんです。

 「今夜は月がきれいですね」という言葉も、月の話をしているわけではないんですよ。これが小説になると全部説明するんですけれど、戯曲は別です。戯曲にはなんの説明もない。ですから役者さんが解釈して、きちんと伝えようと努力をするわけです。

・寺山修司さんの言葉のアイデアノート

 最後のひとりは当然といえば当然ですが、寺山修司さんです。あの人は言葉大臣なんですよ。とんでもない数の言葉を持っているんです。ですから、ひとつのことを言う際にも巧みに言葉を引き出しては、さまざまな角度から話をするんです。どうしてそんなことができるのかとずっと疑問に思っていました。

 寺山さんの死後、寺山修司記念館を作ることなったときに天井棧敷の元劇団員のもとに、寺山さんの16、7歳のときの読書ノートが全部手元に届いたんです。寺山さん自身が、読んだ本の中で少しでも心に触れた言葉があると、それを全部書き記していたんです。それも1ページにびっしりと。謂わばアイデアノートみたいなものですよね。

 私も触発されて、今はスマホのメモ帳に記録しています。こういうのは本当に宝になりますから。アイデアに詰まったときなどに見直すと「あー、こんなこと考えてたんだ」と引き出せるんですよ。文章を書くときには、これが本当に役に立ちます。

 自分で文章を書くときに、真っ白な状態の紙に書くと思いがちですが、そんなことはないんです。そもそもなにも書けません。どうするのかというと、覚えている言葉から引き出すんです。胸を打った言葉を思い返して、それでようやく1行を書けるようになるんです。そこでメモを取っておくとさらに幅が広がります。本当に一生の宝になるものなので、学生たちにもすすめていることなんです。